ロゴスの本

貧者の一答 どうしたら政治は良くなるか 村岡 到

資本制経済に代わる経済システムを提起
誰に投票したら劣化する政治を変えられるのか
農業の根源的な意味を明らかにする

第2932回日本図書館協会選定図書


2014年9月15日刊行
四六判 252頁 1800円+税
ISBN978-4-904350-33-1 C0031
表紙写真:井口義友
北海道別海町風蓮湖にて オオハクチョウの飛翔

第1部 停滞する政治の現状と政治の理念
国会議員の質も地方自治体議員の質も相当に落ち、政治の劣化が進んでいるなかで、誰に投票するかを真正面から考える。二〇〇九年九月からの民主党政権の三年間の教訓は何か? 政治において貫かれるべき理念として〈友愛〉の意義を説く。

第2部 農業の根源的意義
農業は人類にとって根源的な意義を持つことを明らかにし、マルクス主義では農業が軽視されてきたことを徹底的に批判する。農業軽視はソ連邦崩壊の大きな原因だった。さらに〈日本農法〉に社会主義の可能性を探る。

第3部 協議経済の構想
一九一七年のロシア革命の後、経済計算をめぐって国際的な論争が展開されていた。日本ではほとんど無視されているこの論争の意味を解明する。資本制経済に代わる経済システムはどうしたら実現するのか、貨幣や市場を超える道を提起する。

書評はこちら

  まえがき

 「資本主義の終焉」にさいして (半分に圧縮してあります)
 「『今だけ、金だけ、自分だけ』というのが最近の流行語らしい。……なんと余裕のない、切羽詰まった社会になってしまったのかと、暗い気持ちになるのは、私一人ではないだろう」。
 冒頭から引用で体裁は悪いが、「まえがき」を書こうと思っていた時に、「東京新聞」の宗教の面に、私の心情とピッタリの文章を発見したので、借りることにした。筆者は宗教学者の阿満利麿氏で、タイトルは「人はなにを求めているのか・下」(二〇一四年七月二六日)。その書き始めの一句である。
 安倍晋三首相は、集団的自衛権の行使容認を閣議決定して壊憲に突き進み、西では政務活動費を不正流用する「号泣議員」が辞職し、東京都では都議会で女性蔑視の野次が放置され、政治の劣化が目に余る。非正規の雇用が労働者の三五%にも増え、子どもの貧困率は六分の一、児童虐待は七万二〇〇〇件(厚生労働省)に増え、行方不明者が年間八万人を超え(警視庁)、認知症による徘徊が一万人以上となり(厚生労働省)、空き家が全国で八二〇万戸に達する。全戸数の七分の一にもなる(二〇一四年七月二九日、総務省発表)。殺伐たる犯罪も増えている。福祉政策が貧弱な高齢化社会は何をもたらすのか。社会の崩壊現象が深行している。集団的自衛権を行使しないと日本国家が守れないなどと叫んでいるが、この社会の崩壊現象と政治の劣化に真正面から向き合うことのほうがはるかに重要である。「どうしたら政治を良くすることができるのか」、多くの人が切実に求めているはずである。
 書名を「貧者の一答」とした。「貧者の一灯」は、長者の万灯より貧しい人が真心を込めてする寄進のほうが尊いことを教えているが、「貧者の一答」は「貧者」による「一つの答」を意味する。私が長く貧者であることは、誇らしいこととは言えないが、紛れもない事実である。
 「一答」のほうは創語だから説明が必要である。「一つの答」ということは、「これが正解なのだ」と強調する愚を避けることを意味する。何かの難問への私論であり試論でもあることをはっきりと表示して、正解に近づく一歩として明らかにして、検討にゆだねたいという意志表示である。
 外国の思想風土については分からないが、日本では有名人とか権威ある人の言説は広がりやすい(同時に虚ろであることも多い)が、無名で「学歴」を欠く人の主張はほとんど取り上げられることはない。仏教学者の中村元が『日本人の思惟方法』(春秋社)で鋭く明らかにしているように、何が説かれているかではなく、誰が説いているかに傾斜して受け取ることが常態となっているからである。私は、この偏狭な風潮(属人思考)を打破したいと強く考えている。
 「まえがき」のサブタイトルを「『資本主義の終焉』にさいして」とした。
 一九九一年末にソ連邦が崩壊した時に、「社会主義の敗北と資本主義の勝利」が声高かに叫ばれ、社会全体の抗しがたい風潮となった。大学の学部や研究団体の名称から「社会主義」の四文字が消えた。軽薄な研究者は方向を見失い、出版界からも「社会主義」はほとんど消滅した。
 だが、勝利したはずの「資本主義」は二〇〇八年のリーマンショックで全世界的に不況に襲われ、超低金利が常態化し、二〇一〇年代にはギリシャの財政危機に端を発する欧州危機に陥り、アメリカ帝国主義の覇権力は格段に低下している。新興国をはじめ各国で貧富の両極への格差が拡大して、社会不安を深めている。第二次世界大戦の前にトロツキーが生きていた時代にも「資本主義の死の苦悶と第四インターナショナルの任務」と主張していたのだから、安易に「資本主義の死」を願望して語っても説得力はないが、今度ばかりは様相がいっそう深刻である。
 書店に行くと、『資本主義の終焉と歴史の危機』(集英社)なる挑発的なタイトルの新書が平積みになっている。マルクス主義経済学者のものかと思うと、そうではない。著者の水野和夫氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフエコノミストを経て二〇一〇年から一二年に民主党政権で内閣官房内閣審議官を務めたこともある経済学者である。また、内田樹氏は自著『ひとりでは生きられないのも芸のうち』韓国語版序文で、「資本主義経済の要請に逆らっても、相互扶助の仕組みを作ることが、現代社会における最優先の『人間的』課題だろうと僕は思っています。経済成長やGDPの増大やビジネスモデルの開発やマーケットシェアの拡大よりも、相互扶助の仕組み作りの方が優先すべきです」と書いている(WEBRONZA八月二一日)。
 政治の世界でも大きな変化が起きている。今年二月の東京都知事選挙では、元首相の細川護熙氏が〈脱原発〉をメインに掲げて立候補し、告示日の第一声で「成長至上主義から脱却しない限り、日本の沈没はさけることができないのです」、「いままでのような大量生産、大量消費の経済成長至上主義ではやっていけない」と語り、「心豊かな幸せを感じとれるノノ成熟社会へのパラダイムの転換を図っていくことが求められています」と明らかにした。それだけではない。「成長がすべてを解決するという傲慢な資本主義から幸せは生まれないということを、我々はもっと謙虚に学ぶべきだと思います」とまで呼びかけた。
 「資本主義の終焉」が共通の常識となるなら、その次はどうなるのかに関心は向かうはずである。
 すぐ後で説明するように、この小著は「政治をいかにして良くするか」というテーマなのに、経済システムに多くの分量を割くことになっている。騙されたと思うといけないので、その理由を示したほうがよいだろう。冒頭に引いた阿満氏は、アメリカでの一%対九九%の貧富の格差について、「その原因は、ゆがんだ金融資本のあり方、グローバル経済の矛盾にあることは歴然としている。そのために、最近はローマ法王までが、世界の指導者たちに、『新自由主義経済』の抑制を求めている。仏教でも、タイの在家信者で社会運動家のスラック・シワラック氏も、早くから経済システムの転換を呼びかけている。その主張はグリード(貪欲)に基づく経済ではなく、ニード(必要)に基づく経済システムを、というものである」と明らかにしている。宗教を専攻している研究者が、ここまで提言しているのだから、この小著はバランスを欠いているわけではない。
 最後に、本書の構成について説明する。後略 目次参照

 貧者の一答──どうしたら政治は良くなるか:目次
まえがき──「資本主義の終焉」にさいして
第1部 停滞する政治の現状と政治の理念
今度の選挙でどの候補者に投票したら良いか
 はじめに──11月沖縄県知事選挙の重要性
 第1節 市民運動の意義と限界 
 第2節 今度の選挙でどの候補者に投票したらよいか?
 第3節 候補者選定の基準
民主党政権三年余の教訓
 はじめに
 第1節 民主党政権の歩み
 第2節 政権瓦解は当然の帰結
 第3節 日本政治が抱える主要課題は何か
 第4節 〈代議民主政〉の成長のために
  A 民意に拠る政治には民意の向上が必要
  B 公平な選挙制度の制定を
  C 清廉な官僚制をめざす
 まとめ
友愛の定位が活路
 はじめに──〈左翼の惨敗〉直視を
 第1節 〈左翼〉にこだわる意味
 第2節 〈左翼〉とは何だったのか?
 第3節 〈友愛〉の深い意義
 第4節 〈友愛〉の軽視・反発がもたらした弊害
 第5節 〈友愛〉志向勢力の弱点
 第6節 〈友愛〉の再定位の意義
第2部 農業の根源的意義
〈自然〉〈農業〉と〈社会主義〉
 はじめに
 第1節 〈自然〉と〈農業〉の一体性
  A 〈自然〉と〈農業〉の決定的重要性
  B マルクスの「自然」理解
  C 〈農業〉を定礎できなかったマルクス
 第2節 エコロジストの問題提起──エコロジー経済学の形成
 第3節 ロシア革命の限界
  A ソ連邦における環境破壊の酷さ
  B レーニンの「農業・農民」認識の歪み
 第4節 梅原猛の「森の思想」の意義と限界 
 第5節 日本農業の再生の方向
  A 日本農業の現状
  B 農業は保護すべき産業
  C 日本農業の当面の課題
 追記 梅原猛氏からのハガキ
『資本論』と〈農業〉
 第1節 『資本論』冒頭の一句の問題性
  A 何が問題なのか
  B あいまいさが招いた弊害
  C 〈農業問題〉の欠落
 第2節 宇野弘蔵における農業の位置づけ
 第3節 原理論に正置すべき〈農業〉
日本農法に社会主義の可能性を探る
 はじめに
 第1節 「まわし」と「ならし」の深い意味
 第2節 農業を軽視したマルクス
 第3節 農業再生の意義と方策
  A 農業保護税
  B 農休、農作業従事給付金、農役
 付論
第3部 協議経済の構想
社会主義経済計算論争の意義
社会主義の経済システム構想
 はじめに
 第1節 ソ連邦崩壊の教訓
 第2節 経済システムを構想する前提
 第3節 社会主義の経済システム
  A 生活カード制    B 協議生産

コラム 映画「カンタ!ティモール」は教える
    「診療報酬」は〈協議経済〉の萌芽
    捨象されたものを償う抽象
付録  巷間の思想家村岡到氏の歩みと主張  深津真澄
    「友愛」による左翼再生を      鳩山友紀夫
あとがき
人名索引      村岡到主要著作